オーストリアGPで目にした3つのサイドストーリー
マクラーレンがワンツーフィニッシュを飾った今年のオーストリアGP。しかし、その歓喜以外にも、レッドブルリンクではいくつかのサイドストーリーが生まれていた。
今回は、その中から3つの物語を紹介したい──。
#01──F1から『アライ』が消滅
オーストリアGPから角田裕毅(レッドブル)が、シューベルト製のヘルメットの使用を開始した。角田はカート時代から一貫してアライ製のヘルメットを着用していたが、スペインGP後のタイヤテスト時にシューベルト製のヘルメットを試用した。
「テストしてみてフィット感が良くなりました」
そう語った角田は、このオーストリアGPからヘルメットを変更した。

角田はF1ドライバーとしてシューベルト製のヘルメットを着用した最初の日本人ドライバーということになる
現在、角田のチームメートであるマックス・フェルスタッペンも、2019年にアライ製からシューベルト製に変更している。その後、レッドブルへ移籍してきてフェルスタッペンと組んだセルジオ・ペレスもシューベルト製だったので、ふたりそろってドイツ製ヘルメットのユーザーとなった。f

フェルスタッペンも以前、アライからシューベルトにヘルメット変更したドライバー
角田は「別にチームから強制されたわけではない」と、自分の意思でメーカーを変更したと語っている。ただ、同時に「シューベルトのヘルメットに変えたことは、チームにとっても良かったのかもしれません」とも語っており、同じクルマをドライブするふたりのドライバーが、同じメーカーのヘルメットを被ることで、コクピット周辺の空力を改善する狙いがあった、と言えるのかもしれない。

同じクルマをドライブする関係上、ヘルメットも同じメーカーの方が車両の空力的には好ましい。この風潮は2000年代に入り顕著になった
またシューベルトのサービスマンによれば、重量はアライ製よりも150g軽量だと言う。
今年の開幕戦時には、角田の他にアルピーヌのジャック・ドゥーハンもアライ製ヘルメットを使用していたが、ドゥーハンはエミリア・ロマーニャGP(イモラ)からシートを喪失。
これもひとつの時代の流れなのか、今回、角田が他社へ変更したことで、アライ・ユーザーが完全にF1から消滅した。

角田がオーストリアGPで使用したシューベルトのヘルメット
現在のF1界のヘルメット・シェアは以下の通りだ。
<BELL(ベル/アメリカ)15名>
ランド・ノリス、オスカー・ピアストリ(マクラーレン)
シャルル・ルクレール、ルイス・ハミルトン(フェラーリ)
ジョージ・ラッセル、アンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)
ピエール・ガスリー、フランコ・コラピント(アルピーヌ)
フェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)
エステバン・オコン、オリバー・ベアマン(ハース)
リアム・ローソン(レーシングブルズ)
アレクサンダー・アルボン、カルロス・サインツ(ウイリアムズ)
ガブリエル・ボルトレート(キック・ザウバー)
<SCHUBERTH(シューベルト/ドイツ)4名>
マックス・フェルスタッペン、角田裕毅(レッドブル)
アイザック・ハジャー(レーシングブルズ)
ニコ・ヒュルケンベルグ(キック・ザウバー)
<STILO(スティーロ/イタリア)1名>
ランス・ストロール(アストンマーティン)
#02──ローソン6位入賞の陰に、岩佐あり!
オーストリアGPの日曜午後は、気温も上がり非常に暑く感じられた。その中で行なわれた決勝レースで、リアム・ローソン(レーシングブルズ)が、見事な1ストップ作戦を遂行し、6位入賞を果たした。
ローソンのこれまでのF1キャリア最高位は、今年のモナコGPの8位だったので、それを上回る好成績だ。
そんなローソンの快走を支えたのが、岩佐歩夢だった。
岩佐は今シーズン、レーシングブルズのリザーブドライバーを務めている。リザーブドライバーとは、レギュラードライバーに何かあった場合の代役となる他に、ファクトリーにあるシミュレーターに乗り、マシンのセットアップ作業や開発などを行なう仕事も兼ねている。
その詳細は、このエフワン限定便で6月18日に配信した「リザーブドライバーの仕事 #02──岩佐歩夢 『いつか自分にチャンスが巡ってきた時、いい状態でレースをするために今がある』」を読んでいただきたい。
オーストリアGPでも岩佐は金曜日にファクトリーで待機し、フリー走行のデータがサーキットから届くのを待っていた。初日のフリー走行でローソンが12位、アイザック・ハジャーも13位に沈み、チームの雰囲気も良いものとは言えなかった。
サーキットから送られてきたデータを元に、岩佐がシミュレーターを走らせると、確かにマシンの挙動は良くなかった。そこでサーキットにいるエンジニアから送られてきたセットアップをどのように変更すべきか、テストアイテムをシミュレーターで行なったのだ。
そのデータはすぐさまファクトリーからサーキットへ転送され、サーキットにいるエンジニアたちが、どのようにセットアップを行なうかを協議した上、決定していった。
土曜日にイギリスからオーストリアへ移動、サーキットに到着した岩佐に対しエンジニアは、「シミュレーターでやったテストがかなり効いたよ」と語る。なぜなら、土曜日のフリー走行3回目で、マシンの明らかな改善が確認できたからだ。
このセットアップを元に予選に向けて最終的な調整を施したレーシングブルズは、ローソンがQ3に進出し6位獲得! 日曜日の決勝レースでも勢いそのままに6位入賞の原動力となった。

レース後、ローソンを祝福するレースエンジニアのエルネスト・デジデリオ(中央)
レース後、レーシングブルズのガレージ裏はお祭り騒ぎ。その輪の中、ふたりのレギュラードライバーとともに、“陰の立役者”である岩佐がいたことは言うまでもない(IMG_6457.JPG/ローソン担当PUエンジニアの中川博行と岩佐)。

ローソンの6位入賞を讃えるレーシングブルズの記念撮影。この空間にリザーブドライバーがいるだけでもレアケース。それほどチームにとって岩佐の存在価値は大きいということだろう

岩佐のサポートにより、ハジャーとローソンのふたりが安心してレースできる環境が作られている。それはふたりのレギュラードライバーがいちばん理解していることかもしれない
#03──“社長”アロンソvs“平社員”ボルトレート
オーストリアGPのファイナルラップ、大変興味深いシーンが映し出されていた。トップ争いを演じるマクラーレン勢の間に、7番手を争う2台のマシンが割って入り、バトルを繰り広げていたのだ。
戦いの主はフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)とガブリエル・ボルトレート(キック・ザウバー)。そのバトルの行方を心配しつつも興奮しながら見守っていたのが、アロンソのマネージャーを務めるアルベルト・フェルナンデス・アルブラレスだった。
何を隠そう、アルブラレスはアロンソのマネージャーであると同時にボルトレートのマネージャーでもあるからだ。
正確にはボルトレートのマネージメントは、アロンソが設立した「A14」というマネージメント会社が行なっている。そのA14はアロンソとアルブラレス、そしてアルベルト・レスクローザの3人が共同経営しており、グランプリの週末はアルブラレスがアロンソを担当し、レスクローザがボルトレートを担当している。

アロンソと共同でA14を経営するアルブラレス。グランプリ期間中はアロンソを担当する

A14を運営するもうひとりのレスクローザは、おもにボルトレートの面倒を見ている
したがってこの7番手争いは、A14に所属するドライバー同士の戦いであると同時に、“社長対平社員”のバトルでもあったのだ。
最終的に前を走るアロンソがポジションを死守し、ボルトレートは8位に終わった。しかし、ボルトレートは悔しさよりも、充実感の方が強かったようで、レース後にこう振り返っている。
「後ろから隙をうかがっていたけどまったくなかった。ファイナルラップでは後方から優勝争いをしている2台のマクラーレンが接近してきたので、ブルーフラッグ(後続から接近している速いマシンを先行させるようにという指示するための旗)を利用してオーバーテイクしようと考えたけど、完璧に押さえ込まれたよ」
「しかも1ストップ作戦だったから、フェルナンドの方が僕よりもタイヤはかなり厳しい状況だったのに、彼は“僕らの争い”を完全にコントロールしていたんだ。自宅に帰ったらフェルナンドのオンボード映像を見て勉強しないとね!」
現役最年長のアロンソとのバトルは、“23歳年下のルーキー”ボルトレートにとって、貴重な財産となったのは間違いない。

レース後のパルクフェルメにクルマをとめた時から、アロンソとボルトレートは興奮気味に違いを讃え合っていた
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