取材に絶対必須! 『F1パス今昔物語』

いよいよオーストラリアのメルボルンからF1の2025年シーズンが開幕する。F1ドライバーが世界で20人しかいないように、F1を取材するジャーナリストの数も限られている。特に年間を通じてグランプリを追いかけて取材するジャーナリストの数は極端に少ない。F1ドライバーにスーパーライセンスが必要なように、ジャーナリストにも取材をするためのパスが必要。今回はそんなパス事情についてお話しする
尾張正博 2025.03.13
誰でも

 1回目の「エフワン限定便」では、バーレーンでのプレシーズンテストを分析した。2回目の今回は少しテーマを変えて、F1の取材はどのようにして行なわれているのかを、私の体験談を元に記していこうと思う。というのも、F1を20年以上現場で取材を続けている日本人ジャーナリストは、もう私しかおらず、現場の様子をみなさんへお伝えするチャンスがいつまで続くか分からないからだ。もちろん、1回だけでは語り尽くせないので、今後定期的にアップしていこうと思う。今回はF1を取材するために絶対に必要な『パス』についてお話ししよう。

 いよいよ今週末からF1の2025年シーズンが開幕する。通常、日本から海外へ取材に出かけるときは、水曜日に出発することが多い。F1では木曜日がメディアデーとなっていて、様々な取材が行なえるので、その前日には現地に到着しておきたいからだ。

 ところが、開幕戦だけは違う。私が今回、日本を発ったのは3月11日。つまり火曜日だ。開幕戦では取材を開始する前にひとつ別の仕事が待っている、それが理由だからだ。それが年間パスの受け取り。

 F1のメディアパスには大きく分けて、テレビ用、プリント&ネットメディアのジャーナリスト用と、カメラマン用の3つある。以前はジャーナリスト&カメラマン用のパスもあったが、現在はなくなって3つだけだ。その理由を国際自動車連盟(FIA)に聞いたことはないが、ジャーナリストがスマホで撮影することは珍しくなくなったし、カメラマンがSNSなどで文章を書くようになったので、みんなが『ジャーナリスト兼カメラマン』になったからだと、勝手に想像している。

2種類のパスが存在する

 さて、それぞれのパスはさらに「パーマネント」と「テンポラリー」の2種類に分かれる。パーマネントとはいわゆる年間パスのことで、テンポラリーは1グランプリ限定のパスだ。

 テンポラリーはその都度、申請しなくてはならないし、申請が通れば、欠席することは原則許されない。現在はオンラインで申請できるが、ネットが十分に整備されていなかった時代には書面で申請しなければならなかった。それをグランプリごとに申請するというのはかなり骨が折れる作業だった。しかも、申請が必ず通るわけではないので、飛行機や宿の予約もキャンセル可能な条件でとらなければならないので、当然高くなる。

1993年の日本GPのテンポラリーパス。かつてはテンポラリーはプスチックではなく、紙製だったため「紙パス」とも呼ばれていた

1993年の日本GPのテンポラリーパス。かつてはテンポラリーはプスチックではなく、紙製だったため「紙パス」とも呼ばれていた

 これに対して、前年に年間14戦以上取材した者が申請できるパーマネントは年間パスなので、同じパスでどのグランプリへもアポなしで行けるし、連絡を入れずに欠席しても問題視されない。そのパーマネントパスもシーズンごとに更新されるので、シーズン最初の取材前にピックアップする儀式を通過しなければならない。

1993年に筆者が初めて手にしたパーマネントパス

1993年に筆者が初めて手にしたパーマネントパス

 この儀式は何も問題がなければ、1~2分で済むのだが、ごく稀に不運が待ち受けていることがある。なんらかの事情でパスが用意されていないのだ。パスの受け取り場所で毎年のように待ちぼうけを食らっている人がいて、私も2022年に経験し、数時間待たされた。なぜなら、パスがなければ、サーキットには入れてはもらえないからだ。

 パスの発給所に自分のパスがないと知ったときは、「パスはフランス・パリのFIAで作って持ってくるのだから、受け取るのは明日以降か……」と、その日に受け取ることを諦めたが、パスの発給所のスタッフが「今、製造しているところだから、もう少し待っていてくれ!」と言う。なんでも、サーキットの中に製造機があり、緊急で対応しているとのこと。しかし、それがいつ準備されるか分からないため、パス発給所の近くで待ち続けるしかなく、結果5時間も待たされる羽目になった。

 パスはシーズン最初のイベント前に発給されるので、今年はバーレーンでのプレシーズンテストが最初のチャンスだったが、あいにく今年はプレシーズンテストには行かなかったので、開幕戦の地、オーストラリア・メルボルンでピックアップすることとなる。そして、何かイレギュラーな状況に遭遇してもいいように、水曜日はパスを受け取る日として、その前日の火曜日に日本を発つことにした、というわけなのだ。

 成田空港に到着すると、ホンダのスタッフとバッタリ遭遇。彼らはすでにプレシーズンテスト前にパスは受け取っているから、別の理由で火曜日に出発したと思われる。もちろん、彼らが持っているパスもパーマネントである。

面倒なパス申請

 それでは、パスはどのようにして申請するのか、ここからはその説明をしていきたいと思う。

 パーマネントパスは前年に14戦以上の取材実績がないと申請できないため、まずはテンポラリーバスについて説明する。日本の大手通信社や新聞、モータースポーツ誌であれば、おそらくFIAの規定に沿って申請すれば許可は降りるだろう。それ以外のメディア、例えばモータースポーツ誌以外の雑誌などは、部数などメディアとしての基本的な状況を伝えて、まずはメディアとしての存在を認めてもらわなければならない。その上でどんな取材を行ない、それをどのように掲載するのか、企画書を送る必要がある。

 フリーランスが申請する場合は、さらに準備しなければならない書類が増える。まず大事なのが、フリーランスとして記事を掲載しているメディアの編集長や部長クラスの名前入りの推薦状だ。書式も決まっていて、それぞれの会社のロゴが入ったレターヘッド用紙でなければならない。また印鑑ではなく、自筆のサインでなければならない。しかも、FIAが規定する数(筆者がかつて初めて申請した時代は5社だった)のメディアから推薦状をもらわなければならないため、いきなり、フリーランスとしてパスを出してもらうのはとても現実的ではない。

 では、筆者はどのようにしてフリーランスとしてパーマネントパスを出してもらえるようになったのか。それはF1の世界では個人の取材が時として大手メディア以上の価値を持つ不文律があるからだ。例えば、1年に14戦以上の取材をすれば、その人間は翌年パーマネントパスを申請する権利を得られるが、それが13戦以下の場合、大手メディアであってもパーマネントパスの申請はできない。

 つまり筆者は、フリーランスとしてパーマネントパスを発給してもらう前に、既存メディアのテンポラリーパスで年間14回以上取材を行なって実績を作った後に個人事務所を立ち上げて、その事務所の代表としてパーマネントパスを申請したのである。

 ただし、年間14戦以上も取材するのはなかなか大変で、パーマネントを持っている日本のメディアは、今では片手で足りるほどとなった。つまり、日本GPの際に鈴鹿サーキットで取材している日本メディアのほとんどは、日本GP限定のテンポラリーパスということになる。

ジャーナリストに必要な3つの「P」

 もちろんだが、パーマネントパスにはテンポラリーにはないメリットがある。それは取材できる範囲が広いということ。メディアが取材できるのは大きく分けて3つある。ひとつがガレージ裏のパドック、もうひとつがピットレーン(予選とレースは除く)、そして3つ目がスタート前のグリッド上だ。

 パーマネントにはその3つすべてエリアで取材できる権利がある。さらに原則カメラマンだけが立ち入ることができるコースサイドへもアクセスでき、「コースサイドタバード」というビブスのようなものをもらえる。

2013年のパーマネントパス。ひもの部分に「PITLANE」が刺繍されている

2013年のパーマネントパス。ひもの部分に「PITLANE」が刺繍されている

 ただし、最近は少しずつ制限され始めていて、まずピットレーンの取材に関しては2013年のドイツGPのレース序盤に、ピットアウトすぐにマーク・ウェーバー(レッドブル)の右後輪が外れ、ピットレーンにいたテレビクルーを直撃、鎖骨1本および肋骨2本を骨折する大ケガをしたため、それ以降、FIAはピットレーンで取材するメディアの数を制限するようになってしまった。

 スタート前のダミーグリッド上も、かつてはパーマネントを持っていれば自由に行き来できたが、コロナ禍のときに人数を制限。今では日曜日に許可が降りた者だけが「グリッドアクセス」というステッカーをもらわないとアクセスできなくなった。

コロナ禍で結局使用しなかった右の2020年のパスのひもの部分にあった「GRiD」の刺繍は、左の2021年のパスからなくなり、代わりにステッカーが貼られるようになった

コロナ禍で結局使用しなかった右の2020年のパスのひもの部分にあった「GRiD」の刺繍は、左の2021年のパスからなくなり、代わりにステッカーが貼られるようになった

 それでもパーマネントを手放せないのは最大の理由は、一度手にして14戦以上取材していれば、翌年も継続されることはほぼ確実であり、どのグランプリへも自由に行けるという点だ。結果、航空券やホテルを早くから予約できるので安上がりとなる。今年、メルボルンで泊まるホテルは1年前のオーストラリアGP期間中にメディアセンターで予約した。また飛行機のチケットは昨年の11月に購入。ホテルは3分の1程度、飛行機代も安く済ませられた。

 なにも経済的なメリットだけではない。パーマネントパスがあったからこそ、長年、全戦取材することができ、2004年には佐藤琢磨がインディアナポリスで表彰台に上がる瞬間を見られたし、2019年にはホンダの復帰後初優勝の場にも立ち会えた。コロナ禍の2021年の全戦取材はパーマネントでなければ、不可能だったに違いない。もちろん取材数が増えれば、その分取材費もかさむが、取材できなかった経験をお金で買うことはできない。パーマネントパスによって得られた経験は“プライスレス”なのである。

 よく結婚式のスピーチで「3つの袋」について語る人がいるが、F1のジャーナリストには取材に出かける前に忘れてはならない3つの「P」がある。ひとつはパスポート、もうひとつはパソコン、そして最後がパーマネントパスだ。

 そのパーネントパスをメルボルンで無事手に入れた。とともに、今年も1年間、取材を続け、そこで得たものはこのメルマガでみなさんと共有したいと思っているので、今後も引き続きよろしくお願いします!

開幕戦ということで、パス発給所は長蛇の列

開幕戦ということで、パス発給所は長蛇の列

これが2025年のパーマネントパス

これが2025年のパーマネントパス

パスを手にして無事サーキットの中へ。さあ、今年もF1が始まった!

パスを手にして無事サーキットの中へ。さあ、今年もF1が始まった!

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